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とろろのとなり [うろうろ探訪]

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半年以上前の情報ですが、自然薯料理「茶茶」の隣りにある美術館に
寄ってみました。「茶茶」で食事をすれば割引券がもらえます。

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「paramita museum」パラミタミュージアム、館名の「パラミタ」は
メインコレクションの池田満寿夫「般若心経シリーズ」にちなんで、
梵語の「はらみた・波羅蜜多=迷いの世界である 現実世界の此岸から、
悟りの境地である涅槃の彼岸に至ること」に由来しているとのこと。

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岡田卓也(元イオングループ会長)の姉である小嶋千鶴子が
自身のコレクションを展示するために開設した個人経営の美術館として
2003年3月に開館。現在は岡田文化財団が運営している。

それほど大きな施設ではないが、それなりに楽しめます。
池田満寿夫の作品や萬古焼のコレクションなどなどが常設。
訪ねた時はちょうど「パラミタ陶芸大賞展」が開かれており
これはノミネートされた陶芸家の作品を鑑賞して、来館者の
投票によって大賞が決定されるというもので、審査員気分が
味わえる面白いイベントでもあります。(^_^ゞ

私的には「お化け浮世絵展」がお目当てだったのですけどね。
浮世絵の迫力に感激、期待以上に満足できる展覧会でした♪


それともう一つ、パラミタガーデンも散策してみたかった。

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もともとあった里山の森を残して、木は新たに植えてないそうだ。
樹齢200年のケヤキの木陰を、鈴鹿山脈原生の山野草を中心にした
約200種の草花が四季を彩るとあります。
1,200坪のガーデンには散策路があり、アート作品が点在しています。

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訪ねたのは7月3日、紫陽花の時季が終わり、あまり花が見られなくて
ちょっと期待外れ?(^_^ゞ

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それでも、森林浴気分でまったり散策するには気持ちの良いスペース。
ただこの季節は蚊が出るということで、虫除けスプレーが
用意されていました。

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それと不定期イベントとして日曜日にはミニコンサートが
催されたりします。過去には秋川雅史、由紀さおり・安田祥子、
森山良子コンサートもあったらしい。

この日は「山崎英明こだわりさいたる」を楽しみました♪
山崎英明氏は愛知芸大卒のテノール声楽家。ピアノ福田晃子さんとの
ジョイントライブで、
演目は日本が世界に誇る作曲家、武満徹氏の歌曲から・・・
武満徹って誰やねんって、その世界の知識が無い私ですが、
結構楽しめましたヮ(^_^ゞ
ちなみに3月5日には、池田満寿夫つながり?
佐藤陽子バイオリンコンサートが予定されています。

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昨年はダリ展のはしごをすべく、まず京都文化博物館で催された
「ダリ版画展」を鑑賞。
200展以上の版画を観られ、なかなか面白かったです。

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この後、京都市美術館でやっていた「ダリ展」に行くべしだったの
ですが、雨も降り暗くなって時間に余裕が無かったので断念。
結局肝心の「ダリ展」は鑑賞できずに・・・無念!


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2016.7/3、パラミタガーデンにて。
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狸谷山のポンポコは足腰強い? [うろうろ探訪]

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有名な観光スポット「詩仙堂」から山の方へと向かうと、そこには
タヌキさんが・・・狸谷山不動院(たぬきだにさんふどういん)。
真言宗修験道大本山です。開基は木食正禅(もくじきしょうぜん)。

そうそう、狸谷山って山はありません。あくまでお寺の“山号”で、
このお寺がある山は左京区一乗寺、東山三十六峰の北の方にある
瓜生山(うりょうさん)と言います。お寺はこの山頂近くです。

桓武天皇が平安京の鬼門守護として『咜怒鬼(たぬき)不動明王』を
この地に祀ったのが始まりとされています。

鎌倉時代の建長年間に現在の本堂内にある石窟に不動尊を遷して
安置したといわれ、江戸時代になり若くして禅、律、真言、天台の
四宗の要義を学び、また木食行(穀断ちし木の実や草のみを食べる修行)
を体得するため高野山に登り木食大戒を修めて大阿闍梨となった
朋厚房正禅法師(木食正禅養阿上人)が、さらなる高みを目指して
参籠修行の場を探し求めていたところ、洛北一乗寺村の狸谷と呼ばれる
ところに高さ、深さとも2丈からなる洞窟の存在を耳にします。
その中には長年風雪にさらされながらもなまめかしく輝く尊像があった。
剣豪宮本武蔵が滝に打たれて修行を続け、己に克つ不動心を感得したのも
この地と知った朋厚法師は、この狸谷こそ自身が籠って行法を修するに
ふさわしい場所と決意した。
享保3年(1718)、これをもってこのお寺の創建年とされています。


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正式名は「修験道大本山一乗寺狸谷山不動院」、一般には"タヌキダニの
お不動さん"として親しまれ信仰を集めています。
ご本尊は眼光鋭く鬼をも叱る「咤怒鬼(たぬき)不動明王」なんですが
信楽焼のひょうきんなタヌキさんがいっぱい出迎えてくれています。

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タヌキ=他抜き、他を抜くってことでスポーツ関係者にも信仰されて
いるようですね。阪神タイガースの1985年、2003年の優勝記念碑が
目を引きます。懐かしや~小林繁さんのお百度参拝記念もあるやん!
吉田監督時代には選手と狸谷不動院に優勝祈願に来られていたんやね、
またここに来れば優勝できるかも?
・・・捕らぬ狸の皮算用になるかな。(^_^ゞ

ところで、京都市民にはよく知られたお寺なんですが、観光客の方は
詩仙堂どまりで、ここにまで来られることは少ないようです。
この日も詩仙堂周辺は人で溢れていましたが・・・詩仙堂からここまで
結構な登り坂を10分ほどは歩かないといけない、それから本堂までは
250段の急な石段が待ってますし、多少体力が要ります。

ただ、参道の麓には駐車スペースがあるし、クルマで行くのは便利。
だいたいこの「狸谷山不動院」は、交通安全にも霊験あらたかと
されていて京都を走る自家用車やタクシーにはここのお守りステッカー
を貼ったクルマをよく見ます。おそらく京都では最も多い。


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参道に入るとすぐに見えてくるのが、プチ伏見稲荷?その先は竜宮城?

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ここに祀られている白龍弁財天は、木食上人参籠修行のみぎり、
「一切衆生の苦難、恐怖を除き、財宝、福利を与え給え」との
誓いをもとに奉安したもの。

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白龍弁財天は、インドのサラバチ河を神格化したものといい、水神
として祀られている。左手に弓、刀、斧、羂索を持ち、右手に矢、
三鈷、宝輪を持つ。15の童子に守護され、竜神が付き添っている。
・・・よく見えなかったけど。(^_^ゞ

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さて、この先からいよいよ250段の階段を上がって行くことになります。
京都市と提携して『KENKO250』なる健康増進事業が展開されています。
250段の階段を10回登頂することで満願達成・・・もちろん1日にでは
なく、1回登頂するたびにスタンプを押してもらい10回分貯まると
「健康の証」を授与して頂け、本堂横に名札も貼り出してもらえます。

タヌキさんが今何段目かを案内してくれます。
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50段目あたりで待ち構えているのが七福神の面々♪

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69段目には「迎え大師」さまがお出迎え・・・

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ちょうど中間点あたりですかね「弘法大師 光明殿」があります。

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光明殿の周りは、四国八十八ヶ所お砂ふみ霊場になっていて
今回の目的はここで逆打をすることでした。
詳しくはまた後の記事にて・・・(^_^ゞ

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もうひと息、80段ほど上がると境内に到達します。

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まだ44段残ってますね、本堂まで行ってやっと250段になります。


境内に辿り着いてすぐ右側、本堂の向かいにあるのが

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トイレの神さま、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の社。
その奥には凝った木彫の三社明神堂(写真上)があります。

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うすさま明王は、猛々しい烈火で不浄を清浄と化す神力を持つ明王。
日々の生活のあらゆる不浄を清める功徳があることから
「トイレの神様」としての信仰が篤い。
ヒット曲がありましたね、植村花菜は一発屋に終わったカナ。(^_^ゞ

三社明神は衣食住愛の神。玉姫大明神(衣)、清隆大明神(食)、
白玉折木大明神(住・愛)が祀られています。

〈手水舎〉
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      〈護摩壇?〉
ここでの有名な行事に『火渡り祭』があります。
7月28日、どなたでも参加でき、火渡り修行が体験できますよ(無料)


本堂はと言うと、プチ清水の舞台?

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清水寺と同じく懸崖造りの舞台があります。

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懸崖に掛けられている巨大な弓と矢が左右に一対。法弓ですかね。

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さて、今回はここまで。まだ250段を登りきってないし、
光明殿の四国八十八ヶ所お砂ふみ霊場もまだだし・・・
その内、アップするつもり。(^_^ゞ


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2016.5/1、狸谷山不動院にて。
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さくらコラボレーション [うろうろ探訪]

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さくら咲く国、日本。この花には色んなイメージがあるものですね。

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貴様と俺とは・・・ま、ここは航空隊ではないですけど。
国民の花である、さくらは軍国主義の象徴として利用された感が
否めません。
現在も自衛隊のシンボルとして、桜花の意匠が使われています。
だからか、全国の自衛隊の施設には桜の木が多く植えられている
ようですね。


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こんなコラボが見られる駐屯地の「桜まつり」。
やはりいろいろ考えてしまいます・・・

〈61式戦車〉
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      〈60式装甲車〉

いつもとは違うお花見になりました。

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〈74式自走105mmりゅう弾砲〉

あどけない笑顔が不釣り合いな気もするのですけど・・・

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〈60式自走106mm無反動砲〉

ここに展示されている火器や車両はすでに現役を終えた
用途廃止車両なんでしょうが、使われなくて何よりです。

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〈155mm榴弾砲M1/58式〉

これからもこんな火器が平和のため(?)なんて言われても
使われることが無いことを願います。


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〈UH-1H(ひよどり)〉

UH-1、ベル社製で世界70カ国以上で使用されているヘリですね。
ヒューイの愛称で知られている、ベトナム戦争に投入された機種です。
日本では陸上自衛隊が制式採用しています。

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パイロット2名+11名が搭乗でき、同型機は今も現役で災害救助など
にも使われていると思います。

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平和な光景ではありますが・・・

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厚生センターの売店を覗いてみました。

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自衛隊グッズがいっぱい・・・可愛い(?)のも。

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お土産のお菓子は、ネーミングがちょっとねぃ。

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戦車クッキーに戦車まんじゅう。「火力」「ロック・オン」って・・・
「断固日本」は「団子二本」だったらNICEなのにね。(^_^ゞ


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休憩所で、ちょっとおやつを頂きました。

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彰史館(広報館)も見学してみます。

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旧日本軍の☆印がついた鬼瓦は、戦後GHQの接収を免れるため、
地中に埋めていたものだとか。私なら掘り起こさないけどなぁ。

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若い女性の見学者が目についたけれど、
彼女らは何を思い、感じたのだろう・・・

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〈旧軍 航空写真機〉
ドイツ製、その後、現コニカミノルタ(現ソニー?)が国産化した。
カメラ部分は無いが、第一次大戦から大東亜戦争まで使用された。


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今も世界では戦火が絶えない、それどころか危機、緊張は増すばかり。
悲しい現実ですね。
平和ボケ、弱腰外交と言われながらも日本はアレ以来、交戦による
戦死者は一人も出さずに平和を維持して来れましたが、
抑止力、軍事力強化、国益、近隣諸国との情勢悪化・・・
煽られやすい国民性。少し心配です。

さくらの花が平和の象徴であることを願わずにいられません。

We all have Hitler in us, but we also have love and peace.
So why not give peace a chance for once?

私たちの心の中にはヒトラーがいる、でも愛や平和も持っている。
だから『平和』に一度だけチャンスをあげてみないか・・・
                      ジョン・レノン


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2016.4/2、宇治駐屯地にて。
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蟬丸神社、三社完結。 [うろうろ探訪]

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さて、最後は12月にも訪ねた「関蟬丸神社 下社」です。
旧称:関清水大明神蝉丸宮。主祭神は豊玉姫命、創祀は弘仁13(822)年。

三社の中ではここが一番大きいかも。それでも一般からすると
小さい方です。しかも荒れ方、傷み方が酷いです・・・

国道161号線沿いで、参道には京阪電車の踏切があります。

「関蝉丸神社」と「音曲藝道祖神」の標石が並んでいます。
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石灯籠には「関清水大明神」「蝉丸宮」と彫られている。


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狛犬さんは、踏切り番?

境内の中を電車が走り抜けてる感じ・・・
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これが「関清水神社」


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〈神楽殿〉

社記によると
琵琶の名手で、後撰集の歌人でもある蝉丸が鎮座地の逢坂山に住む
ようになり、没後に上・下両社へ合祀された。
その後、蝉丸伝承は時代と共に全国各地へ広まり、歌舞音曲の神として
信仰されるようになり、次第に音曲を始めとする諸芸に関係する人々の
信仰が厚くなった。江戸時代には諸国の説教者(雑芸人)を統轄し、
免許を受ける人々が全国的規模で増加した。
とあります。

ここで前回の続き、蝉丸さんの謎。
琵琶法師たちが職業集団としてまとまっていく過程で、始祖と仰いだのは
蝉丸ではなく、仁明天皇の第四皇子である“人康(さねやす)親王”で
あった。と小松和彦氏(日本の文化人類学者・民俗学者)は『能のなかの
異界・逢坂山』で述べられています。

人康親王は28歳の時に病で盲目となり山科に隠遁し、盲人たちを集めて
音曲を楽しみとした・・・何かダブりますよね。
親王亡きあと、その霊を祀りその社を四宮と呼んだ・・・事実、山科の
地名として残っています。
「平家物語」では山科の四宮河原に醍醐天皇の第四皇子蝉丸が居たと
語られる。ところが山科四宮の地名の由来は仁明天皇の第四皇子である
人康親王なので、どうもこの二人が混同されているように思えます。
それにしても54代仁明天皇と60代醍醐天皇の同じ第四皇子、似たような
境遇の人物が居たものですね・・・ここらが疑問。
「今昔物語」での蝉丸の方が信憑性がある気がします。

ま、蝉丸人物像の考察、推測はここらにしておいて、蝉丸が諸国の
芸能民たちに歌舞音曲の神として信仰されたのは事実のようですから。


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三社とも管理状態は良いとは言えませんね、特に下社は傷みが激しい。

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〈本殿内の狛犬〉
三社を通して狛犬が目につきました、一体何対あっただろうか・・・
この下社の本殿内にあった狛犬は彩色がなされた立派なもの。

向かって左は口を閉じた吽像で角がある狛犬。右には口を開けた
阿像、角無しの獅子になっています。
これは典型的な日本独自の「狛犬」。阿吽形式の狛犬・獅子像です。

神社では必ずと言ってもいいほどよく見る狛犬、二つとして同じものは
無いはずなので、探索ネタにすると面白いだろうな。時代や地域に
よってかなりディープだと思われますが・・・


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ほとんど人の姿を見ることは無かったですが、お詣りされる方も
居られるようですね。(^_^ゞ

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三社の中で唯一の重要文化財じゃないかな?「時雨灯籠」。
鎌倉時代の特色をもった貴重な石灯籠のようです。

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〈お地蔵さん〉


句碑がいくつもあったので・・・

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これやこのゆくもかへるも別れつゝ しるもしらぬも逢坂の関 蝉丸
逢坂の関のしみづに影見へて いまやひくらし望月の駒 貫之

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逢坂の 流れは淸し 初桜 椿
木の間もる 月あをし 杉十五丈 子規

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蝉丸の 学びの宮ぞ 春の風
近松も 小町もめでし 山桜 淳


裏山に小町塚があるというので、行ってみました。

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〈小町塚〉
六歌仙のひとり、絶世の美女 小野小町の塚としては・・・w
小町塚と右から横書きにされた下には
花濃以呂は宇つりにけりないたづらに わず身世にふるながめせしまに
と彫られているようですが、ほとんど読めず。(^_^ゞ

小町の墓は全国各地にあり、wikiでも8、9ヵ所あげられていますが
ここは記されていません。
晩年にこの辺りに住んでいたという伝承があり、この近くにある
月心寺内には、小野小町百歳像が置かれているそうです。

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〈小町塚から見た境内〉


こんな小さな荒れた神社ですが、掘り起こせばいわく因縁?話題が
出てくるものですね。
まだまだ尽くせませんが、これにて完結とします。(^_^ゞ

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2016.1/6、関蝉丸神社 下社にて。
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謎の琵琶法師、蝉丸。 [うろうろ探訪]

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蝉丸神社・分社から、国道1号線沿いにたらたら下って来ると
上社(旧称:関大明神蝉丸宮)の参道、石段のところに着きます。
分社、上社、下社とも旧東海道に面していたようですが、今はこの
上社のみ国道1号線(東海道)に面しています。

上社の主祭神は猿田彦命、下社は豊玉姫命。合わせて関大明神として
関の守護、旅の安全を守る道祖神の役目だったのでしょう。
平安末期になり、上下両社それぞれに相殿神として蝉丸霊を合祀。

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さて、蝉丸さんですが・・・調べ出すとどうも実体がつかめず。(^_^ゞ
ミステリー小説を読むようで(こんなん大好き♪)

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百人一首のこの句は後撰和歌集のもので、この他にも

秋風になびく浅茅の末ごとにおく白露のあはれ世の中(新古今和歌集)
世の中はとてもかくても同じこと宮もわら屋もはてしなければ(同)
逢坂の関の嵐のはげしきにしひてぞゐたるよを過ぎむとて(続古今和歌集)

の3種を含め、4首の和歌を残しているから、蝉丸という名の歌人は
10世紀の半ばまでには実在した人物だといえるでようです。

プロフィールはと言えば、これが生没年不明。詳しいことはさっぱり
分かっていません。


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この神社も無人、人の気配がしませんでしたが
まだ松の内だったので、鳥居には注連縄など正月飾りをされていた。
それにしても鉄パイプの鳥居?
以前はもっと太い木の鳥居だったようですが・・・

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〈神楽殿・舞殿〉

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どうやら地域の方が守ってられるのかな。

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蝉丸のプロフィールのように扱われているのが、
能の演目、謡曲「蝉丸」。筋書きをかいつまべば・・・
延喜の帝の第四皇子として生まれた蝉丸、幼少の頃から盲目であった。
天皇は、蝉丸を逢坂山に捨てるよう命ずる。 捨てられた蝉丸は、
琵琶を抱き、杖を持ち、逢坂山の関に住む。
蝉丸の姉、第三皇女逆髪(さかがみ)は、髪が逆立つ奇病。
弟蝉丸を訪ね、やがて琵琶の音に導かれて再会を果たすことになる。
ふたりは障害をもった身を慰め合うが、悲しい別れの結末となる。
世阿弥の作ともいわれているが、ここに描かれている
醍醐天皇(延喜帝)の第四皇子・盲目・琵琶の演者というのが
キーワードになりそうです。

近松門左衛門作の人形浄瑠璃「蝉丸」では、蝉丸は女人の怨念で
盲目となるが、最後に開眼する・・・と、なっているようです。


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〈本殿〉

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関蝉丸神社の由緒書きには・・・
蝉丸に関する様々な伝承は『平家物語』などの文献に登場する。
和歌・管弦の名手であった鴨長明の『無名抄』にも当社に関する記述が
見られる。また、『今昔物語』巻第二四第二三話には管弦の名人で
あった源博雅が、逢坂の関に蝉丸という琵琶の名手が住むとの噂を聞き、
当時蝉丸だけが伝えていた「流泉」「啄木」という秘曲の伝授を
乞うため逢坂山に通い、三年の月日が流れた八月十五日、ようやく
秘曲を聞くことができたという逸話は有名である。
・・・と書かれています。

平家物語には「四宮河原になりぬれば、こゝは昔延喜第四の皇子蝉丸の
関の嵐に心を澄まし、琵琶をひき給ひしに・・・」
謡曲と同じく醍醐天皇の第四皇子、琵琶。四宮が新たなキーワードかな。

一方で、今昔物語では
「会坂ノ関に一人の盲 庵を造て住けり。名をば蝉丸とぞ云ける。
此れは敦実と申ける式部卿の宮の雑色にてなん有ける・・・」
この後、蟬丸は琵琶を弾くとも記されている。
逢坂の関、盲目、琵琶のキーワードは共通するのだが、
式部卿敦実(宇多天皇の御子)に仕える雑色(ぞうしき)だったと
されている。
※雑色とは当時の職位のひとつ蔵人(天皇の秘書的役割)の見習い。
昇殿も許されない身分、皇子とは随分違いがありますね・・・

尾崎雅嘉(江戸末期の国学者)の論では「蝉丸の姓氏詳らかならず。
古説に仁明天皇の時の道人なり。常に髪を剃らず世の人翁と号し、
或は仙人といひ、また延喜帝の第四の皇子などといへるは、いづれも
拠り所なき説共にて時代も違へり。また蝉丸の像を盲人の様に描く事、
笑ふに堪へたり。」と述べています。「百人一首一夕話」

ここまで言われると、盲人ですらなくなる。(^_^ゞ

蝉丸のことは、また次回にもう少し。ってことにして・・・
関蝉丸神社 上社をあとにします。

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〈本殿より神楽殿を見る〉
この上社、山の斜面にあるので、本殿と神楽殿、鳥居なども
平面にありません。それぞれ石段で繋がれた踊り場の様です。

下は国道1号線、昔の東海道。右に行けば逢坂の関、越えれば京都へ。
登坂車線が設けられていますね。

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ここにも常夜灯が立っていました。下の石台は車石が再利用されて
います。これもレプリカかな?
大津米屋中が建てた「逢坂常夜燈」、以前安土で見ましたが。


また余談ですが、百人一首には逢坂山を歌った和歌もありました。
「名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで 来るよしもがな」
作者は三条右大臣(藤原定方)

子供にも教えられる意味は、その名(逢うという意味)を持っている
逢坂山に生えているサネカズラよ。サネカズラの蔓を手繰るように、
人に知られずに、来る方法はないものかなぁ・・・と、なりますかね。

も少しディープにこの句を楽しみましょう♪
「名にし負はば」=その名に背かなければ。
「逢坂山」は、逢う(密会の場所)の掛詞。
「さねかづら」は、マツブサ科サネカズラ属の常緑つる性樹木。
雌雄異株で、別名:美男葛(ビナンカズラ)。漢字表記は実葛・真葛、
核葛とも・・・。掛詞として「小寝」=一緒に寝る(大人の男女がね)
「人に知られで」は、人に知られずに。「よし」は、方法、手だて。
「もがな」はは願望の終助詞になります。さて、「来る」は?
「繰る」の掛詞なんです。素直に葛のイメージで、たぐり寄せるって
意味でも良いですが、ちち繰る=男女がひそかに会って情を通じる。
密通する。って意味も出てくる?
掛詞を駆使して色っぽい部分をオブラートに包み、品良く表現して
いますが、ムラムラした情熱も感じられますね。(^_^ゞ


これはサネカズラの実に似ていましたが、違うようですね。
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2016.1/6、関蝉丸神社(上社)にて。
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